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東京地方裁判所 昭和35年(行)12号 判決

判決

東京都大田区矢口町三七四番地

原告

森   春 吉

(外一九名)

(別紙目録記載のとおり−略)

右訴訟代理人弁護士

松 原 正 交

中 野   道

鎌 田 久 仁 夫

辻   仙  二

清 水 正 三

東京都千代田区丸ノ内三丁目一番地

被告

東京都

右代表者東京都知事

東  龍 太 郎

右指定代理人東京都事務吏員

石 葉 光 信

泉     清

野  引   譲

右当事者間の昭和三五年(行)第一二号ごみ焼場設置条例の無効確認等請求について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は昭和三二年五月三〇日第二一五号議案をもつて東京都議会の議決を経同年六月八日公布した東京都大田区矢口町九四七番地にごみ焼却場を設置する行政処分の無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とすると」の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、被告は昭和一四年頃東京都大田区矢口町九四七番地にごみ焼却場を設置すべく二、一一五坪の土地(以下本件土地という)を買収したが、建設に着手せずそのまま放置していた。ところが昭和三二年五月二八日、同年第二回東京都都議会臨時会に第二一五号議案として本件ごみ焼却場設置計画案を提出し、同議会は同月三〇日若干の希望を付して右原案を可決した。そこで被告は同年六月八日東京都公報をもつてその旨公布し、その後訴外西松建設株式会社との間に建築請負契約を締結して建設工事に着手せんとしている。ところでごみ焼却場の設置は地方自治法第二条第二項、第三項第六号及び清掃法により地方公共団体に義務づけられている行政事務の一つであるから、被告が本件ごみ焼却場の設置を計画し、その計画案を都議会に提案し、これが議決を経て公布し、これに基いて実施する一連の行政行為はとりもなおさず被告の行政処分たること明らかである。

二、しかし、右ごみ焼却場の設置処分は次のように違法な行政処分であるから、無効といわなければならない。

(一)地方自治法第二条第一四項、第一五項によれば、地方公共団体は法令に違反してその事務を処理してはならず、法令に違反して行つた行為は無効とすると規定せられているところ、本件ごみ焼却場の設置は後記(二)ないし(四)記載のように、その場所の選定が環境衛生上最も不適当な土地になされていて、右は清掃法第六条同施行令第二条第一項第一号(ハ)に違反するものであるから、この点において無効といわなければならない。

(二)昭和一四年当時本件土地は田園の一部で附近に人家もない有様であつたが、その後東京都の発展に伴い本件土地を含む附近一帯の土地は商工業並びに住宅地帯と化し、工場、店舗、住宅が密生し、すでに当時とは事情が一変していてごみ焼却場の設置場所としては最も不適当な場所と化している。従つて被告が二〇年前の計画に基いてこれを設置することは事情変更の原則に違反するものである。

(三)本件土地の東二〇〇米の地点に東京都水道局矢口浄水場があつて、掘せいにより地下水を汲み上げ原告らを含む附近一万世帯に飲料水を供給しているものであるが、本件土地にごみ焼却場が設置されれば、ごみ汁が地下に浸透して右の水源を汚染する恐れが多分にあり、かつ西二〇〇米の地点に大田区立矢口中学校、南二〇〇米の地点に大田区立多摩川小学校があつて、多数の学童生徒の通学往来が頻繁であるから、本件ごみ焼却場の設置場所は公衆衛生上並びに交通安全上最も不適当である。

(四)本件土地は旧多摩川の川床に当り、最も低地であつて、被告は本件土地約一〇〇米南方に下水揚水場を設置して、満潮時揚水ポンプによつて下水を多摩川に排水している現状である。しかして排水処理はごみ焼却場操業上重大なる関係を有するものであるから、かかる排水に不便な低地帯にごみ焼却場を設置することは違法である。

(五)被告は本件ごみ焼却場設置計画をすでに二〇年以上も放置していたので、原告らは右計画が取止めとなつたものと信じて本件土地の周辺に住宅や工場を建て、諸種の生活関係ないし経済関係を樹立して今日に到つたものである。従つて被告がかかる情勢の変化を顧みず、原告等の陳情請願をも無視してこれが設置を強行せんとするのは権利が行使されないで永く設置されていることによつて権利そのものの自壊作用でその権利を行使することが信義上許されなくなるという失効の原則にも反し違法というべきである。

(六)のみならず、東京都議会は「地元民の諒解納得を得た上着工すること」という希望意見を附して本件ごみ焼却場設置計画を可決したものであるところ、原告らを含む地元民は終始右ごみ焼却場の設置に反対して来たものであつて、これが設置に諒解納得を与えた事実はないから被告の行為は都議会の議決の趣旨にもそわない違法な行政処分である。

四、被告らはいずれも本件土地附近に居住する者であるところ、本件ごみ焼却場の設置により次のような権利侵害を受け、回復すべからざる損害を蒙るものである。すなわち

(一)被告がいかに設備に手を加えてもじん芥処理による煤煙の発散は免れ難く、原告らの快適な生活は一朝にして破壊される。

(二)日々多数のじん芥を搬入することになるから、その運搬、集積、焼却作業の各過程において猛烈な悪臭が放たれ保健衛生上重大な脅威を受ける。

(三)原告らの飲料水は附近に設置されている掘せいにより揚水する地下水又は自家用井戸水によつて賄われているところ、汚物処理に際し発生する黴菌が地下水に混入することは避け難いから、原告らの生活は危険にさらされる。

(四)前述のように附近に小学校並びに中学校があり、これら学童生徒の通学往来に際し、じん芥搬入車(一日トラック二百台分の予定)のためその交通の安全が阻害される上搬入車の通行する商店街は悪臭を受け又美観を損なわれるから営業上多大の支障を来たすことになる。

(五)本件ごみ焼却場の設置により多量の地下水が使用されるから、附近の工業用水の枯渇を来たし工場経営が不可能に陥りる。

以上のように被告の違法な行政処分により原告らはいずれもその生活の安全をおびやかされ、かつ経済上多大の損失を受けるから本件ごみ焼却場の設置行為の無効確認を求める利益を有するものである。

被告指定代理人は、本案前の申立として主文と同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

原告の主張する本件ごみ焼却場の設置は以下に述べるように行政訴訟の対象たりうる行政処分ではないからこれが行政処分であることを前提として被告に対しその無効確認を求める本訴はこの点において不適当である。すなわち、被告はごみ焼却場を設置するため昭和一四年頃本件土地を売買により取得したが、戦争激化のためその建設を一時中止し、昭和三一年にいたりはじめて右土地上にごみ焼却場を建設すべく決意し、そのため被告の執行機関である東京都知事は昭和三一年九月二一日付で右設置について都会議の議決を求めたところ、議会は昭和三二年五月三〇日希望意見を付して原案を可決した。そこで被告は右議会の議決のあつた旨を同年六月八日東京都公報に登載して一般に報道し、その後昭和三四年四月二日東京都大田区議会は本件焼却場設置について若干の希望意見を付して同意する旨の議決をしたので被告は昭和三五年三月三一日訴外西松建設株式会社と本件焼却場建設請負契約を締結し、建設工事に着手せんとしているものである。

このように都議会の議決、東京都公報の登載、被告と西松建設株式会社間の工事請負契約等右一連の行為はいずれも直接人民を相手としてなされたものではなく、又人民の権利義務に直接的な影響を及ぼすものでもないからこれが行政訴訟の対象たる行政処分でないことは明らかである。

理由

原告は、ごみ焼却場の設置行為は地方自治法及び清掃法による地方公共団体の行政事務の一つであり、設置計画、都議会に対する右計画案の提案、都議会の議決、公布、実施等一連の行為からなる行政処分であると主張し、被告はこれを争い右は行政訴訟の対象たりうる行政処分ではないから、これが行政処分であることを前提とする本訴は不適法であると主張する。よつて判断するに、ある行政庁の行為が行政訴訟の対象となる行政庁の処分といいうるためには、その行為が公権力の行使としてかかる公権力に服する人民に対し行政庁の優越的意思の発動としてなされ、これにより一方的に人民を拘束するものでなければならないが、法律上一定の行政事務の遂行が義務づけられている場合においても、それが法律上義務づけられているということによつて当然にその行政事務遂行としてなされる行為が行政処分となるものではなく、それが行政処分に当る行為かどうかは、具体的にその行為が果して公権力の発動としてなされる行為たる性質を有するかどうかによつて決られなければならないことはいうまでもない。そこで本件ごみ焼却場設置行為につき右の点を検討するに、ごみ焼却場が地方公共団体により汚物を衛生的に処理し、生活環境を清潔にするために供用される物的設備であり、地方公共団体が汚物を処分するための手段として清掃法第六条、同法施行令第二条によりその設置を予定されている公用営造物であることは、原告の指摘するとおりである。然しながら、ごみ焼却場自体は、地方公共団体が自己の所有又は使用権を有する土地その他の物件を利用して造成せられる一定の物的施設で地方公共団体はその施設に対する私法上の権利に基づいてこれを汚物処理のために利用するにすぎず、また右のごみ焼却場設置のために必要とされる行為も、土地その他の物件の購入、賃借、施設建設のための請負契約等の私法上の行為を出るものではない。そして、現実に完成されたごみ焼却場を公団営造物として利用するについては、いわゆる道路、公園等の如き公用営造物についてなされる如き公用開始の意思行為をも必要とせずごみ焼却場が設置されたからといつて、附近住民はその存在を甘受しなければならない公法上の拘束を受けるわけでも何でもないのである。もつとも、ごみ焼場の設置については当該地方公共団体の議会の議決を経なければならないが(地方自治法第九六条第一項第七号)かかる議会の議決は地方公共団体の行う重要な私法上の行為についても必要とされる場合があるのであつて、もとよりこのことのために右ごみ焼却場の設置が公権力の行使となるわけのものではない。以上のように、ごみ焼却場の設置に関する行為には、公権力の行使たる性質を有するものは何もなく、これらの一連の行為を通じて完成されるごみ焼却場設置行為自体(かかる設置行為なるものを一の法行為として観念しうるかどうかにも疑問はあるが)にもかかる性質を認むべき点はどこにもない。

従つてごみ焼却場設置行為を東京都知事のした行政処分とし、被告に対しその無効確認を求める原告の本訴請求は、すでにこの点において不適法といわなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 浅 沼  武

裁判官 中 村 治 朗

裁判官 時 岡  泰

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